宇度墓古墳を柵越しに見た後は、これより少し大きな西陵古墳へ。
宇度墓古墳よりも少し古い5世紀前半の前方後円墳とされ、規模としては墳丘長210mで、
長さ比べで言えば全国ベスト30入り。それが海に面した場所に築かれていることには
何か意味があったと考えるのが普通だと思いますが、ここで
宇度墓古墳や海との位置関係を見て見るとこのような感じです。
ツアー中には、これらの古墳を船から眺めた後に、さらに堺の大山古墳という巨大な古墳を見せられたら
圧巻だろうなーという話が出ていましたが、地図をもっと広域にして見て見ると、
宇度墓古墳も西陵古墳も大阪湾の南端に位置するため、
瀬戸内海を通り抜けて近畿入りする際に、淡路島の北側を通り抜けてきた場合、この古墳は見えるのかしら?
という疑問が沸きました。わざわざ遠回りして、淡路島の南端を通れば見えると思いますが、
そうする理由はあったのだろうか?
古墳は上から見ると特徴的な形状ですが、横から眺めると、どれも同じにみえなくもない。
海から見えることを前提に築いたとすれば、なぜもっとその視点で分かりやすい形状にしなかったのだろうか?
そう考えると、海岸沿いに建てて威厳を見せつけたという考えはあまり説得力がないような・・・
もう少し考える必要がありそうです。
さて、西陵古墳前に着きました。
ここは宮内庁管轄ではないので、上ることができましたが、
整備はされておらず、ロープが道なき道に沿ってひかれているのみ。
築造当時はこのような木々はなかったので、もっと分かりやすかったと思いますが、
古墳の内側から造り出しを見ることができました。葺石もそこら中に散らばっていました。
頂上まで上りました。西陵古墳は3段構成になっているのですが、歩いてみるとそれを実感できました。
整備がされていないので山道をあるいている感覚ですが、これほどの規模の古墳なのに
観光名所的な扱いがされていないのが不思議。ただ、観光地にするには広域の開発が必要と
なる(古墳だけでは観光客は見込めない)し、人の手をたくさん加えないといけないという
デメリットもあるため、しばらくはこのままでいいのではというのが参加者の意見でした。
せめて博物館か資料館くらいはあってもいいのかなと。
私たちが泊まった海風館は10月末で閉館となるようで惜しまれますが、
博物館といった活用の仕方で再利用できないものなのか?
海と山の生き物と歴史を扱う複合施設。クルージングができる博物館。
海の幸が味わえるカフェ。絶景。いいとこはたくさんあると思うのですが。
そういうわけで淡輪古墳巡りツアーはおしまい。午前3時まで起きてた影響で、
珍しく早く眠りにつきました。