『正倉院ガラスは何を語るか』
由水氏は、主に美術史、工芸史からの視点で古代ガラスに関する本をたくさん書かれている方で、しかも自ら製作もされる数少ないガラスの研究者でもあります。古代ガラスの本は国内ではあまり多くはありませんが、そのほとんどが古代から現代にいたる歴史的な内容であったり、特定の地域、期間における考古学的調査に基づくもの、また近年では科学的な調査内容のものが増えてきていますが、考古学的な研究で、かつ製作方面からアプローチしているものというのは多くはありません。本書は歴史と技術を熟知した由水氏ならではの視点で正倉院ガラスを扱った、これまであまりなかったタイプの本のように思えます。
本書は正倉院ガラスを主題とし、過去の調査記録などを精査して、これまで広く受け入れられていた年代観の矛盾点を浮き出させ、正倉院ガラスのこれまでの研究にメスを入れています。由水氏は過去にもいくつか正倉院ガラスの研究を行って発表していますが、本書のように比較的最近のものも含めた過去の調査の問題点を明確に指摘し、自論を復元実験も交えて端的に正倉院ガラスについてまとめたのはこれが初めてと思います。これまで中間報告的なものだったのが、本書で完結にいたったという印象を受けました。
正倉院には目次で示したように形も時代も異なるガラスの器が所蔵されていますが、いずれも国産ではなく、海外から献納されたものとされています。その出自について過去の調査や、同類のものが出土している発掘調査を調べ上げ、さらに製作実験を行った時の見解も交えながら、製作年代や地域を推定し、それに関するこれまでの一般常識を覆す説を展開していて、それが正しいのかどうかは別としても、ガラスの考古学的研究には技術的な視点も入れるべきと考える私の見本としたい本でした。
ただ、復元工程はイラストで解説されていて分かりやすかったものの、やはり写真資料がほしかったことや、成功例だけでなく、どうしたらどう失敗した、ここがポイントだったという詳しい技術的な解説や、実物に残る技術を推測できる痕跡の詳細が個人的にはもっと欲しかったように思いました。まあ、内容が実験を紹介するようなものではないので、仕方なかったと思います。さくさくと読めて面白い内容には違いなかったです。
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