『さまざまの技能について』
本書は12世紀に修道士テオフィルスによって書かれた本『De Diversus Artibus』の翻訳本です。目次に記したように3巻から成り、しかしすべてガラスの内容でなく、第1巻は顔料製法、絵画技法、第2巻にガラス絵技法、第3巻は金工、オルガン製法などが書かれています。まさに“さまざまの”技法書となっています。中世の工芸技術を知るたいへん貴重な文献であり、また、ガラスに関して言えば1世紀のプリニウス著『博物誌』以降、文献史料は本書を待つまでほとんどなく、第2巻に少しふれられている程度とはいえ貴重な史料となっています。著者が修道士であることについては、おそらく中世以降教会が多く建てられたことにともない、ステンドグラスが非常に多く製造されたことと関係があるでしょう。ガラスに関する記述内容のほとんどは器ではなく板ガラスの製造についてです。ほかに窯やガラスの切り方、絵の描き方などです。
と、大変貴重な内容ではありますが、ヨーロッパ中世の文献を訳しているわけですから、日本語をもってしても内容は非常に難解で、幾通りの解釈が可能な場合も多々あり、決して中世の技法が明確になるというわけではありません。訳者による図や、時に本文よりも長くなる訳注に助けられながら(それでも難しい)内容を理解しようと努めることになります。私も時々英文を訳す作業をすることがありますが、単に単語を知っていれば訳せるというわけでなく、その内容を理解していないと訳せないことがたくさんあります。これを考えると訳者のたいへんな苦労が想像できます。
テオフィルスの書いた本書は例えば〇〇をした後に◇◇をせよ・・・といった具合に事細かく作業の順番が書かれており、あたかも彼自身も作業に従事したかのように思われますが、あまりにも細かい記述のため、むしろ何も知らない状態で実地調査し、その時見聞した内容をそのまま記述した感も否めません。私もガラスの技術について何も知らなかった時は、とにかく目で見たものを順番に書き連ねまとめたものですが、実際に自分でしてみるとその順番が決して絶対的なものでないことがほとんどでした。当時の職人がこの順番を厳しく守っていたとすれば別ですが・・・。文献史料からガラスを追及するのであれば読むべきかもしれませんが、根気のいる作業になることは間違いありません。内容が簡単に触れられている他者の本も参考にすることをおススメします。ちなみに、テオフィルス自身修道士であること以外人物像が分かっていません。
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