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『ガラスのなかの古代ローマ』2011.06.24

『ガラスのなかの古代ローマ』

『ガラスのなかの古代ローマ』

  • 藤井慈子 著
  • 2009
  • 357ページ
  • 春風社
  1. 古代ローマとガラス
  2. 都市ローマと金箔ガラス
  3. プテオリ、バイアエと景観カット付球状瓶
  4. ガラスに描かれたローマ世界

vitrum lab.評

著者の藤井氏は日本ガラス工芸学会でお世話になった方で、東京の中近東文化センターや岡山の岡山市立オリエント美術館などあちこちでよくお会いしました。藤井氏は活動範囲がかなり広く、私がお会いしたのは国内ばかりでしたが、それはもう海外のガラスで有名な博物館や美術館にもどんどん足を運んで、研究に取り組んでいらっしゃいました。本人には怒られるかもしれませんが、ゆったりとした雰囲気からは想像できない飽くなき探求心と行動力に驚かされました!私も技法についてよくお話したのを覚えています。藤井氏は覚えていらっしゃるかしら???

さて、その時にテーマにされていたのが本書の主人公“金箔ガラス”でした。あの時のこれが、こういう本になって形になったんや~と思うと自分のことのように嬉しく思います。金箔ガラスというのは「ゴールド・サンドウィッチ・ガラス」とも呼ばれ、金箔を使って表された人物像などがガラスとガラスの間に挟まれているガラスで、円盤形をしていますが、もともとは器の底だったと考えられています。これが本当に器として使われていたのか、円盤形にするのに器を作るという制作工程を取っていたのか(つまり器として使われていない)は意見が分かれるところです。人物像の多くは聖人(殉教者)で、1つに一人から数人まで登場したり、名前が示されていたり、いろんなポーズをとったり・・・・と様々です。この円盤をどう使うのかといいますと、地下墓(カタコンベ)の壁に埋め込んだりするのです。興味深いのは、文献に登場しない殉教者が金箔ガラスに登場することがあるということです。そこに金箔ガラスにおける史料性を見出し、著者の観点で読み解いていきます。

本書に登場するもうひとつの主人公が「景観カット付球状瓶」で、器形は単純なのですが、胴部全体に町の景観をパノラマ的に彫って表現しており、何とも言えない、今でも思わず手にとってしまいそうなデザインのガラスです。目次にある「プテオリ」「バイアエ」というのが瓶に描かれた都市で、イタリアに存在したローマ時代の都市です。このカット絵にある施設が実際の発掘で発見されたりしている一方、まだ発見されていなかったり、図の解釈が難しいところもあるなど、まだこれからの研究分野です。描かれた絵は昔にスケッチされていたりするのですが、それを見直すこともなく今でもそのスケッチをもとに議論されることがあるそうですが、実際に実物を確認すると違って見えることもあります。実際、藤井氏が実物観察を行って、過去のスケッチとは違う部分が指摘されています。そこから違う解釈が可能になったりします。この景観カット絵内のさまざまな施設に、金箔ガラスと同じように名称が彫られているのですが、それが何を指すのか不明なものもあり、こうなると様々な解釈が生まれます。これらの解釈を紹介しつつ、著者の考えはこうだと示されているので、主張したいことが分かりやすく、説得力を持って議論されています。

以上のように、そして本書のタイトルからも分かるように、ガラスそのものというよりはそこに金箔を使ったり、彫ったりして表現されたものから、古代の世界を読み解くという研究です。このためには図像学はもちろん、歴史、考古、宗教、地理などさまざまな視点からアプローチしなければならなかったと著者は述べています。また、この本題に入る前に、ガラスの技法や用途などにも触れているので、つまりはこの一冊にあらゆる学問の視点が組み込まれていることになります。藤井氏にお会いした時、金箔ガラスを研究テーマにしつつも、直接は関係なさそうなガラスの技術について作家に質問したりしていたことがここに凝縮されているのでした。

ガラスの研究は今や多岐にわたりますが、その中でもそこに描かれたものを対象にするという非常に難しいテーマを、よくここまでまとめたものだなあと思いました。本人も述べていますが、まずそれをテーマにするに値する研究になるのか?というところからのスタート。読んでいて私もこれをどう展開していくのだろうと思っていましたが、過去の研究を紹介し、比較しながらの議論展開は比較的分かりやすく、面白く読めました。まだまだ出土数が少なく、これからどんどんと状況が変わっていくと思いますが、彼女の主張が今後どうなっていくのか楽しみになりました。

vitrum labook

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2011.06.24 23:07 | ガラス, , 考古学

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