『木材と文明』2017.02.21
『木材と文明』
- ヨアヒム・ラートカウ 著・山縣光晶 訳
- 2013
- 築地書館
- 349ページ
- 歴史への木こり道
- 中世、そして、近世の曙
- 産業革命前夜
- 高度工業化時代
- 国境を越えて見る
vitrum lab.評
ヨーロッパ、特にドイツの歴史を木材通して俯瞰する大作。ヨーロッパは石の文明、日本は木の文明とよく聞きますが、
よくよく考えると、ヨーロッパは広大な森を有し、石の文明とはいえ石造建築物を建てるのに多くの木材を必要としました。
木は長い年月の間に朽ちてなくなっても石は残りますから、考古学的には石が遺構や遺物としてよく残るので、石の文明
という表現がされてはいるものの、人間と木の関わりは深い。
本書はそういう人間と木の関わりを歴史を追ってみて行くものですが、建築材としての木(木材)、燃料としての木(薪、炭)、
原料としての木(木灰)、日用品としての木(桶、家具など)、機構の中の木(水車、歯車など)、生活空間としての木(森)、移動手段としての木(筏、船)
環境保全の対象(森)など、そして特に記録が残っている中世以降は利害対象となってしばしば争いごとの種(領地争いなど)
になっていたり、経済が発展してくると石炭といった新しい燃料との競争が起こったり、と人類の発達史そのものを見ていると思うくらい木が深く
人間の歴史に根差していることがよく分かります。ヨーロッパ特に森林が豊かなドイツ中心に話が展開するため日本人にとって馴染みがない
ところが多いかもしれませんが、経済優先の環境破壊のくだりを読んでいると、万国共通、昔から人間って変わらないのだなと感じる部分もありました。
さて、ガラスに関する記述もほんの少しだけでてきます。燃料としての木と原材料としての木です。燃料としては薪。原材料としては木灰になります。
ガラスの主成分はケイ酸、アルカリ分、石灰分で、ケイ酸は砂。これを熔かすとガラス化しますが、熔かすにはあまりにも高い温度が必要となるため、
アルカリ分を添加することで融点を下げます。しかしアルカリ分は水に溶けやすい成分なので石灰分を入れて安定させます。
これらの成分のうち、アルカリ分として古代からよく使われているのがナトロン(ソーダ石灰)や植物灰で特にローマ時代はこれらがメインでした。
植物灰は特に塩性植物のオカヒジキが有名ですが、カリウムやナトリウムに富んでいてガラス製造に適しています。
中世になると環境問題や公害などの観点からガラス工房は僻地へ追いやられる動きが活発になり、ヨーロッパでは森の中にガラス工房が
建てられるようになります。そうするとアルカリ分としての植物灰や塩性植物が入手困難となってしまい、代わりに豊富な木の灰が利用されるように
なりました。ブナは特によく利用されました。成分的に適しているのだろうと、ぼんやりと思っていたのですが、本書によるとブナは変形が激しいため
建築用材としては最悪であるというレッテルを貼られていたようで、それ故ブナが原料として選ばれたのかもしれません。また、森林とはいえ、
運搬に適した河川の近くで営まれたようです(黒川2000 p.84) 。本書でも筏流しという、丸木を丸ごと川へ流して山を下らせる豪快な運搬方法
が紹介されていますが、木材を運ぶもっとも経済的で安全な方法は筏流しだったようです。木灰として使う木材がこれと同じ方法で運ばれたのか
までは分かりませんが、川は筏などを使って移動する森の道としても利用されていました。
森の中で作られるようになったガラスは「森林ガラス」ドイツ語で「Wald Glas」、フランスでは「羊歯(シダ)ガラス」 「Verre de Fougere」と呼ばれて
います。 成分的にはカリ分が豊富なガラスなので「カリ・ガラス」と呼ばれます。中世ヨーロッパでは教会が多く建てられるようになり、その結果、
ステンド・グラスの需要が増して森林ガラスが発達しました。
内容の紹介とは少しずれましたが、本書のメインはあくまで「木」。ガラスとの関わりを調べるのであれば「森林ガラス」で調べるとよいかと思います。
参考文献
黒川高明 2000 『中世を彩る ヴァルトグラス』 東芝ドキュメンツ㈱
vitrum labook
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2017.02.21 07:00 |
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