Blog:羅馬は一日にして成らず -2nd edition-

丹波焼2010.12.26

今年もあとわずかです。今年はやっとこさVitrum Lab.が完成し、作品を展示できるようになりました。
ペンキ塗りから振り返ると・・・・何年目でしょ?相方のマサとともにまた定期的に個展をやっていきたいと思ってますのでまたよろしくお願いします。それにしても本当に忙しかった・・・

さて、今年最後ともいえる旅行として有馬温泉へ行ってきたのですが、個人的には温泉を楽しむよりむしろ、そこから車で1時間弱のところにある焼き物の里が目的でした!

「丹波焼の郷」という、窯元がたくさんあるところです。作家活動をされている職人さんがたくさんここで活躍されており、また「陶の郷」という施設には地元の職人の作品を展示販売しておりました。その数に驚きました。ここでビビっときた作品を購入。陶芸家では鷹尾葉子氏の作品が好きだったのですが、ここで市野悟氏の作品もファンになってしまいました。「彩色線象嵌」という、細い線の溝に黄色や緑などの色を施して焼かれたものです。

そもそも「丹波焼」というのがあること自体知らなかったのですが、焼き物にはあまり詳しくないのでコチラを紹介させていただきます。

ガラスを研究しているのになぜ焼き物にも関心があるのかといいますと、ガラスを作るにも「窯」が必要で、ガラス窯と焼き物の窯、そしてさらに金属の窯との間に何かしらの共通点のようなものがないかなと思い、そんなわけでいつも窯の研究にはガラス窯以外のものも見るようにしているのです。

ここでは登り窯をみることができました。


登り窯

この長い窯の中に成形が完成した焼き物を入れて側面の小さな穴から薪をくべて60時間ほど焼くそうです。

ガラスの窯とは構造が違いますが、穴の中をのぞくと


レンガにうわぐすりのようなガラス質物質がこびりついています。

このような感じで、陶器の表面に薪の灰がついて、陶器をつくる土の鉄分と熔けあって緑っぽいうわぐすりをかけたような
製品ができます。これを自然釉またはビードロ釉といいます。ビードロはガラスを意味します。この自然釉の製品が作られた時期は丹波焼の初期(14-16世紀)にあたります。世界のガラス史では古代のうわぐすりはガラスとほぼ同じ成分で、それ自体がガラスの起源と関係があると言われているほどです。

古代のガラス職人は陶芸家の仕事もしなければなりませんでした。つまり、坩堝や窯を粘土で作り、また、ある研究では吹き竿すら最初は粘土製だったといいます(E.M. Stern and B. Nolte 1994)。このように焼き物はガラスと深い関係があったと思われます。

まだまだ探求しなければならないことがたくさんありますね・・・

2010.12.26 00:20 | ブログ

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