ガラス研究家にとって大変興味深い発表がありました。
「ササン・ガラス」という、ササン朝ペルシア(3世紀~7世紀)で作られたガラスがあるのですが(正倉院の「白瑠璃碗」タイプが
代表的なガラスで、技法から見て「円形カット文ガラス」「円形切子碗」とも呼ばれる)、このガラスは形状からも成分からもローマ・
ガラスとは区別されていました。この円形カットと成分が特徴的なガラスであることから、自然と「円形切子碗」=「ササン・ガラス」と
機械的に考えられるようになっていました。
ところが、天理大付属天理参考館所蔵の円形切子碗を分析したところ、見かけはササン・ガラスでありながら成分はローマ・ガラス
だと分かったというのです。これはかなり興味深く、衝撃的な発表です。どの参考資料をみても「円形切子碗=ササン・ガラス」という
扱いをしているからです。これが覆る可能性があり、これまでの議論の見直しを迫られるかもしれません。さらに正倉院のガラスなど
同類のガラスの製作地にも議論が広がるかもしれません!このタイプのガラスは実は日本でも出土しているのです。面白い!
記事を紹介しておきます
具体的な解説ですが・・・
ササン・ガラスの具体的な工房址は見つかっていませんが、カスピ海南岸のイラン・ギラーン州が最有力候補とされてきました。それは
などから考えて、ここを発掘した深井晋司氏がここを製作地と考えました(深井 1968 『ペルシア古美術研究』pp.39-43)。
ローマ・ガラスとササン・ガラスを分ける大きな成分的特徴は、ササン・ガラスはローマ・ガラスに比べてマグネシアとカリウムが
多く含まれている点です。これらは植物に多く含まれる成分で、ガラスに必要な原料であるアルカリ分として植物の灰を使用したことを
示しています。ローマ・ガラスではアルカリ分として天然のソーダを使用していたためマグネシアもカリウムもあまり検出されません。
このようにガラスの成分分析をすることで両者の違いが区別されてきました。
実は深井氏も化学分析は試みており、その数値ではマグネシアもカリウムも多く検出されていたのですが、当時はまだ比較資料が少なく、
植物灰ガラスという特徴が知られていなかったからでしょうか、この特徴には触れられていません。
そんなわけで円形切子碗=ササン・ガラスというようにずっと考えられてきたところに、ローマ・ガラスの成分を持つガラスが見つかったという
ことで、これまでの説が覆されるというわけです。
ただ、深井氏はギラーン州からは明らかにローマ時代のシリア製ガラスと分かるものも出土していることから、出土ガラス全てがイランで
製作されたとは考えられず、また、円形切子碗もイランで製作されたのか、輸入されたものなのかも決め難いことを前もって述べています。
由水常雄氏はギラーン州を製作地とはせず、貿易中継点ととらえています(由水 1987 『ガラスの道』pp.122-123)。ササン・ガラス
の製作地を巡る議論、正倉院ガラスのルーツの問題解決の糸口になるかもしれないので、目が離せません。
ちなみにこの分析結果について天理参考館で説明会が行われるとのこと。