*私が発表内容を聞きながら書き取り、レジメも参考にしつつ、備忘録として手元にある資料も使ってまとめたもので、
どうしても聞き逃しや、レジメや口頭での発言に誤りがあったりすることもあるため、内容を100%網羅しているわけではないことご了承くださいませ。
参考館所蔵の正倉院白瑠璃碗と同類のササン・ガラスだと思われる3点のガラスと、ササン・ガラス特有の円形カットのある杯を分析。
従来の考えでは、これらはすべて「植物灰ガラス」であると予想されていた。
左から3点は正倉院タイプの円形切子碗、右1点はササン・ガラス特有のカットがある円形切子杯(実際にはカットの形は
亀甲形だが、これは隣接する円形カットが互いに重なって切り合った結果)。左から2つ目と3つ目は正倉院タイプでも
大きさはやや小ぶりで、3つ目は下2段のカットが方形という特徴がある。便宜上、それぞれ天理A、天理Bとする。
蛍光X線分析によって、ササン・ガラスの成分的な特徴である「植物灰ガラス」という結果が得られたのは左の1点のみ。
あとの3点はすべてローマ・ガラスの特徴である「ナトロン・ガラス」という驚きの結果となった。
これによって、ローマ帝国内でつくられた「ナトロン・ガラス」のインゴットがササン朝ペルシア内にも流通しており、
これで器がつくられたこともあった可能性が示唆された。
その後、分析データの蓄積によって、「ナトロン・ガラス」が3タイプに細分できることが分かり、さらに分析が行われた。
<ナトロン・ガラスの3タイプ>
・RBGタイプ・・・Roman Blue Green の略。典型的なローマ・ガラスは青緑色をしているが、その多くがこのタイプに属する。紀元前後~4世紀中頃
・Levantタイプ・・・現イスラエルのベールス川の砂をシリカ源に利用したガラス。4~7世紀。
・HIMTタイプ・・・Higf Iron Manganese Titaniumの略。鉄・マンガン・チタンを多く含むガラスで、エジプトの砂を利用したとされる。4~7世紀。
「ナトロン・ガラス」と判明した天理A・天理Bの2点を上記のタイプに分類すると
天理A→HIMTタイプ
天理B→RBGタイプ
に分かれた。天理Aからは当時ローマ帝国領だったエジプトの砂を使っているということで、ローマ製のインゴットがササン朝にも流通しており、
これが現地で熔かされて成形されたと考えられた。しかし、天理Bは見かけは6世紀のササン・ガラスであるにもかかわらず、消色剤としてMnが検出されており、これは3世紀以降のローマ・ガラスの典型例であることから、「6世紀のササン・ガラス」という従来の定説とは時代も地域も異なることを示した。
この結果、
”6世紀になるとローマ・ガラスの模倣を脱し、円形切子というササン朝ペルシア独特のガラスを生みだした”という考えができなくなり、
正倉院タイプのガラスの源流はササンではなくローマなのか?という可能性も浮上。
この調査ではSpring8という大型施設を使って、さらに詳しい調査が行われた。
↑ Spring8 施設
この時、MIHO MUSEUM所蔵のローマ・ガラスに見られるカットとササン・ガラスに見られるカットの両方を
併せ持つガラスも数点調査。
↑ ローマ・ガラスとササン・ガラスの両方の特徴を持つガラス(MIHO MUSEUMのHPより)
その結果、参考館所蔵の3点のカットガラスはやはりローマ・ガラスであることが確かめられた。
また、MIHO MUSEUM所蔵のガラスもナトロン・ガラスで、ローマ・ガラスに属することが分かった。
以上の分析結果から、碗や杯などローマ・ガラスに円形カットを施した試行錯誤段階の製品がいくつか
つくられていたが、これらの内、厚手の円形切子碗がササン・ガラスとして選ばれたのではないか?
この試行錯誤がどこで行われたのか。ローマ帝国内のガラス工房がササン向けのガラスを開発していたということなのか、
試行錯誤はササン朝内で行われたのか、といった問題は未解決。