『アフガニスタン史』
2001年3月12日、世界中が止めるように訴え続けたにもかかわらず、タリバンによってバーミヤン磨崖仏が破壊されました。アフガニスタンで武力による紛争と、女性の社会進出に対する厳しい規制、市民の虐殺、などそれまでもタリバンの動向がニュースで取り上げられていたことは今でも覚えていますが、一見、反社会的な団体に思えるこのタリバンも、最初は内戦が続いていた国内の治安を安定させる団体として国民に喜んで受け入れられていました。その後、政治的な実績を上げられないまま国際的に孤立化し、やがてアメリカの同時多発テロ首謀者とされるビン・ラディンを匿うなど、国際的にも理解が得られない行動によって、アメリカと対峙することになり、勢力が衰えました。
アメリカ軍とタリバンの戦争は毎日のようにニュースになっていましたが、それまでも内戦が多かったこの国がどのような歴史を歩んできたのかを早足で古代からざっと知ることができる一冊です。多くの部族がいたこの地域ではリーダーが代わるがわる排出し、統一国家樹立が難しい条件が昔からあったことが分かります。前半はひたすらその流れで近代まで歴史を読むことになり、なかなか複雑です。
現代の部になると、ようやくニュースで知る情勢に至るまでの道筋が分かるようになります。日本人にはなかなか理解が難しい、部族という政治体制やイスラム教という宗教。著者もアフガニスタンの近代化をこばんだものとして、これらの基盤が足かせになっていたと分析しています。また、イスラムの近代化に成功したトルコと比べて、ヨーロッパとの接触が乏しく、政治家が近代の取り組みに触れる機会がすくなかったことも挙げています。アメリカやソ連と関わることによって、近代化は前進したかもしれませんが、政治的な側面ではこれらの国の政治ゲームに巻き込まれ、やはり自律した国家をつくることが遅れてしまったようにも思えます。
長い歴史の中で統一が難しかったっという基盤があって、やがてタリバンという団体を生み出し、国際的に認知されないまま、さらにはテロリストと組んでしまい、壊滅に追い込まれてしまう。アフガニスタン史の後半はほとんどこのタリバンの記述でページが割かれていますが、なぜこのようなことが起こったのか、を知ると、その後、シリアやイラクで台頭したISのことも少し見えてくるのではないかと思いました。本書が書かれた時点ではISはまだ存在していませんが、いくつか似たパターンがあるように思えます。
現在ではアフガニスタンは復興と近代化に向かって進んでいると願うものの、タリバンによるテロのニュースがたまに記事になっており気になるところ。最近では、賛否両論あるものの、バーミヤン磨崖仏の修復をする動きも出てきており、今後どうなっていくのか関心を集めています。気になるのは、自国の文化を立て直すという動きにアフガニスタン人自身が参加できているのかということ。この磨崖仏の扱いについても記事で見る限りでは海外ではこうする、日本ではこうした方がいいという人がいる、と書かれており、そこにアフガニスタン人の考えが見えない。たしかに世界遺産は人類共通の宝としての位置づけではあるけれども、その遺産を有する国の人が関わらないと意味がないのではと思ったのでした。
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