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『掠奪されたメソポタミア』2017.10.25

『掠奪されたメソポタミア』

  • ローレンス・ロスフィールド著 山内和也 監訳
  • 2016
  • NHK出版
  • 347ページ
  1. イラクにおける文化遺産の保護(2003年以前)
  2. 「誰も文化のことを考えていなかった」
  3. 戦後計画策定への道
  4. 会合
  5. 予想どおりの災難
  6. 国際社会の反応
  7. じわじわと広がる参事
  8. イラク考古遺物の破壊前夜

vitrum lab.評

2003年、アメリカ軍がイラクに侵攻、フセイン像が倒されるシーンは多くの人がニュースで見たと思います。その混乱に乗じて国立博物館の略奪が始まりました。それだけでなく、多くの遺跡が盗掘され、ここかしこに穴が掘られ、見るも無残な姿になってしまいました。博物館から略奪された遺物は1万5千点、遺跡から盗掘された遺物は50万点に及ぶと言われています。一部は戻りましたが、ほとんどはブラックマーケットに流れ、テロリストの資金にもなっていると言われています。

著者は当事者だった軍人、官僚、考古学者たちをインタビューし、イラクで何が起こったのかを調査。その結果を端的に表現した言葉は本の帯のキャッチコピーを見ればわかります。「守れなかったイラク国立博物館。いや、守ろうとしなかったのだ」。イラクに侵攻した米軍は、略奪される博物館を目前にしても、「市民には憂さ晴らしが必要だ」として黙殺、考古学者の懸命なはたらきにも結局最後まで答えることなく、略奪が起きてしまった惨状が描かれています。

フセインら独裁者は自らのアイデンティティを確実なものにするため、イラクの文化に対する扱いは手厚かったといいます。盗掘に対しては厳しい処罰がありました。米国が侵攻したことで事態はどちらかというと悪化したという皮肉交じりの著者のコメントがちらりと見られます。

博物館は戦争後ではなく戦時中に襲撃されることが多いが、アメリカ軍やその他国際的な保護団体にはその考えがなく、すべて戦後復興計画ばかりを立てており、また、アメリカ軍には文化財に詳しい専門家すらいなかったどころか、コレクターが多く所属する団体(文化財の輸出に賛成派)が戦後復興計画の策定に絡んでいたことで考古学者との軋轢もあったことがインタビューで明らかになっています。結局、民主化という大義名分を唱えて行った戦争は、歴史的な文化財の保護までは視野には入れられていませんでした。しかし、著者が言うには本書は戦争の原因を追究するものではなく、文化財とは何か、文化財を守ることにはどういう意味があるのか、検証するために書いたということです。戦時中における文化財をめぐる動向はほとんど伝わることがないため、非常に興味深い内容でした。また、戦時中は人命がかかっているため、文化財を守ることの難しさも伝わってきます(ただしアメリカ側からの言い分として)。

原書は2009年に発行されています。本書にはシリアやイラクで台頭しているISは登場しません。著者はフセイン政権が倒れた後、さらに事態が悪化していくとは予想していなかったでしょう。2017年10月18日の新聞に「IS掃討作戦終了」という記事が掲載されていました。シリアで民兵組織がイスラム国の首都ラッカを奪還し解放した、というもの。これによって2014年に建国を宣言したイスラム国は事実上消滅したと伝えられています。

今度こそ、復興することを願うばかりですが、まだ文化財どころではないし、生活を確保するために盗掘はさらに増すことも考えられます。
著者は「文化」を守る=「人の心」を守ることだと述べていますが、文化財が一部の特権階級のものだった場合、この公式は通用するのか。
結局は生活が確保できなければ博物館や歴史的建造物など意味がないのが現実ではないのか。今後イラクが復興していく中で、文化財というものはどういう役割を果たしていくのか、今後の動向も著者によって取材してほしいと思ったのでした。

 

vitrum labook

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2017.10.25 01:32 | その他,

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