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和泉蜻蛉玉の伝統を継ぐ「山月工房」③2019.11.26

和泉蜻蛉玉の特徴

現在の泉州地域(旧和泉国)で発展したガラス玉つくりですが、昭和時代半ばでもまだ盛んにガラス玉が
つくられていました。
ここでどんなものが作られていたのかといいますと、人造真珠、数珠などに使う玉が
中心で、サンゴやラピスラズリといった天然にあるテクスチャーを真似て、
ガラス表面に色ガラス粉をなじませる「粉かけ」という方法がよく使われていました。
要するに、世界に1つの芸術品というよりはむしろ、同質のガラス玉を大量に作る
ことが要求された時代に則したモノづくりでした。

和泉蜻蛉玉はそうした時勢の中で発展し、短時間でたくさんの玉をつくる技術に
特徴があります。松田さんのお父さんがつくったというガラス玉を見せていただきました。
それはまだ離型剤が塗られた芯に玉が残ったままの状態でしたが、細い一本の芯に
何十個と連なる玉で、最初に目にしたときに私はそれを「玉簾」と思っていたのですが、
実は、細い芯に、ほぼ同じ間隔・同じ大きさで次々と巻き付けられてつくったガラス玉なのでした!
この長い芯にたくさんの玉をつくる技法を「ワタリ」と呼ぶそうです。

長い芯に巻かれたたくさんの玉。一度にこれだけの玉を巻くには熟練を要する。巻くだけでなく温度の管理も必要だからだ。

ガラス玉をつくる時、一般的には一本の鉄芯を左手で持って、右手にガラス棒を持ち、
その先端を炎で熔かしながら鉄芯に巻き付けていくのですが、その鉄芯はだいたい20~30㎝ほどで、
ガラスを巻き付けるのは先端部分の5~10㎝位の部分でしょうか。この部分に離型剤を塗布して、
小さい玉なら3~5個ほど巻き付けて冷まします。

一般的にはこのような長さの芯をつかう。

 

ところが、同質のガラス玉を大量につくる和泉蜻蛉玉の場合、そのようにつくっていては効率が悪いため、
松田さんのお父さんは、長さ100cmほどの細い芯を左右にスライドできるように作業台に設置して、
次々とガラス玉を巻いていたそうです。小さい玉であれば徐冷が必要ないためにできる技でした
(徐冷が必要ならば、このような長い芯を灰の中にいれることができない)。一度にたくさんの玉を
巻き付けるために、数本のガラス棒を束にして使います。

当然、この長い芯にも離型剤の塗布が必要ですが、その方法も独特です。高さ95㎝ほどのパイプに離型剤と
水を入れ、長い棒でかき混ぜて、そこに長い芯棒を挿して一気に離型剤を塗布するというやり方です。

離型剤の入ったパイプ

こうした方法は昭和の大量生産大量消費という時代の流れで生まれたのだと思いますが、ここに至るまで
技術がどうであったのかは分かりません。ずっと途切れなかったのか、断絶があったのか。そこが分かれば
日本のガラス史の空白を埋めるヒントになりそうです。

 

 

 

2019.11.26 08:52 | ブログ

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