『ガラスの文明史』
ガラス工芸学会でお世話になっている黒川氏の『ガラスの技術史』に続く著書。ガラスの技術は近代の産業革命など科学が飛躍的に発展するまではほどんど昔から変わらない方法が使われてきましたが、近代化以降、ガラス容器や板ガラス、そして最近では光ファイバーなどの分野でもガラス技術が登場、大きな変革を遂げました。そのため前著『ガラスの技術史』では、近代以降のガラスについて詳細に書かれていましたが(古代のガラス技術について記録が残っていないということも詳しく述べられない原因ですが)、本書『ガラスの文明史』では、5000年におよぶ長いガラスの歴史をそれぞれの時代の文化や政治を背景に置きながら、主にガラスの組成の変化に着目して記されています。
時代的には古代~近世のボヘミアンガラスやイギリスの鉛ガラスまでが中心、すなわち、中世以降世界のガラスをリードし続けたヴェネツィアンガラスが衰退するまでの間が中心となっています。古代から近世のガラスはこれまでもさまざまな著書がありよく知られていますが、それに近年、盛んに行われているガラスの成分分析の成果をまとめたものを加え、その組成の変化を示し、どのように、なぜそうなったのかということを重点に簡潔にまとめた内容になっています。例えばヨーロッパ、特にドイツで発展したヴァルトガラスは成分分析によってナトリウムではなくカリウムが使われていることが分かっていますが、これはガラス製造に必要なナトリウム分としての天然ソーダ(炭酸ナトリウム)が入手できなくなり、豊富な植物の灰から得られるカリウムを使うようになった・・・・といった具合です。ガラスに使われる原材料はこのように枯渇しかけたり、入手ルートの問題で手に入らなくなったりしたことがありましたが、それでもその問題に直面した職人は代替の原材料を開発したりしてガラス製造を絶やさずにつなげてきました。現在の感覚からすればエネルギー効率や製造効率からみて商業ベースにのらないのではないかと思える方法でも絶えることなく現代まで作り続けられていることに驚きです。製造に使うエネルギーを考えれば代替の原材料を試行錯誤することすら大変なことのように思えますが、先人の努力によっていまやガラスは日常に欠かすことができない存在となっています。
本書の特徴としては以上のように、ガラス工芸史に各時代の文化や政治そして成分分析の成果を加えた内容ということが言えるかと思いますが、それよりも他の本にないものを感じたのは、ローマンガラス以降ヨーロッパ各地で作られたフランクガラスやヴァルトガラスなど中世のガラスについて比較的多くのページが割かれているということです。これは著者が現役の頃にこれらの地域のガラスと関わりをもっていたという経験に基づくものであるそうですが、意外とこれらのガラスについて書かれているものはあまりありません。私個人もクットロルフといった個性的なヴァルトガラスに興味をもっていたので特にそう思ったのかもしれませんが、非常に参考になりました。あ、参考と言えば、ガラスを研究する人にとってこれがあれば便利だというのが、引用文献です。最後に参考文献が紹介されていますが、本文中でどの部分がどの文献から引用されたのかが分かりやすくなっていればかなり便利なのですが、残念ながらこれについては少し分かりにくく自分で探さないといけません。
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