『シュリーマン 黄金と偽りのトロイ』
前回の『シュリーマン・黄金発掘の夢』同様、シュリーマンを別の角度で検証した内容であるが、本書はもはや「シュリーマン学」と読んでもいいくらい深い。というのも著者はシュリーマンの手紙、日記、調査報告などの史料を徹底的に検証し、幼少の頃の夢を不屈の精神で実現した人物という伝説的な覆いに隠された真実をあぶりだし、彼に関する多くの問題を提起したことで知られる研究者であるからです。
シュリーマンという人間を対象に400ページ以上もある大著ですが、それは彼が書いた手紙や著書の内容が引用されることが多いためページが膨れ上がっているからです。それにより、明らかに出土品をくすねたことが分かったり、著書に書かれた内容と実際が違ったりすることが説得力を持って指摘されています。まるで警察のアリバイ崩しのような感覚で読めます。本書は暴露本ではなく、あくまでアカデミックな内容であり、シュリーマンという人物を対象にした研究を読みやすく分かりやすくした本です。最初のシュリーマン著『古代への情熱』を読み、これを読むと分かりやすいです。
語り継がれてきたシュリーマン像と実際の人物像の違いに驚きます!そもそも根本的に幼少時代からトロイを発掘しようと思っていなかった点や、発掘した場所がそこをトロイと考えている研究者の話を聞いてから興味を抱いた点など、次々と嘘が明らかになってきます。またいかにして出土品を手中に収めるか、その裏工作も必見です。報告書に書かれた内容の疑問点も次々と明らかになってきます。
本書によってあぶりだされるシュリーマンは考古学者というよりはむしろビジネスマンという印象を受けました。考古学ビジネスです。成功するにはどうすればよいか?を常に念頭に置き、裏工作は素早く、またキーマンを抑える能力に長けているように思われます。書評を有名な研究者に求め、これにより格式高い研究書とする方法も、マスコミを巧みに利用し注目を浴びる方法も知っていました。当時としては珍しくいろんな専門分野の意見を取り入れもしました(これはあまりに広げ過ぎたため、逆に内容が希薄になったと指摘されていますが、学際的な取り組みとしては先駆的な例でした)。発掘結果を捻じ曲げたり、出土品を発掘許可を得るためや自分に賛成させるための餌にしたりなど、今では考えられない交渉術を用い、許されがたいこともあったことは否めませんが、一方で、エーゲ海の先史文化へ関心を広めた貢献者として彼はずっと語り継がれていくでしょう。「幼少のころからの夢を実現した不屈の精神の持ち主」とは今では多くの研究者が信じていませんが、彼以降の考古学に与えた影響は大きいという意味では、やっぱり偉大な人物であったといえます。
ここで紹介した本は以下で取り扱っております。