日本ガラス工芸学会主催のMIHO MUSEUM見学会&研究会に行ってきました。
MIHO MUSEUMは滋賀県にあるのですが、学生の頃によくガラスを観察させていただきお世話になっていました。
今日は数年ぶりの訪問でした。そして学会の先生方にも本当に久しぶりにお会いできました。
MIHOでは当館所蔵ガラスの分析が積極的に行われていて、中でも「ガラス製マスク」の成分分析が
注目されていました。不透明青色のガラスの塊を削ってファラオの顔を模したものと言われ、しかし顔のほぼ
半分は割れて、左目部分しか顔のパーツは残っていません。この目は、不透明青色ガラスを削って、そこに
黒いガラスをはめ込んで作っています。研究会はこのガラスを化学分析によって解釈しようというもので、これに
関連して3つの研究発表がありました。
(MIHO MUSEUMのHPより)
どこれもこれもかなり面白かったです。なぜガラス製マスクがアメンヘテプ3世のものと分かるのか?青いガラスの正体は?
ガラスを青くする原料とは?について3人の発表でよく分かりました。詳しくは以下を。
1.ではまずこのガラスマスクが第18王朝のアメンヘテプ3世と言われている所以について、ガラスが多く使われる
第18王朝の王に絞って、顔のスタイルをこの王朝の王の像の顔と比べていくことにより、特徴が最も類似している
アメンヘテプ3世とされていることが発表されました。
2.ではガラス成分を非破壊分析によって明らかにし、それを他の分かっている成分と比較することによってこのガラス
の特性を知ろうとする試みについてです。顔を作る青色ガラスはマグネシウムやカリウムが検出され、アルカリ成分として
植物灰が使われていることが分かりました(これらは植物に多く含まれる)。また、青色を発色させているのはコバルトが含
まれているからなのですが、他に、マンガン、鉄、ニッケル、亜鉛なども検出されており、これらは同じエジプトで出土した
彩文土器の青色と同じ組成であることが分かりました。つまり、土器の色付けに使われた青色成分とガラスを青くするため
に使われた成分が同じであるということです。コバルトによる青色発色を「コバルト・ブルー」といいます。
さらに興味深いことに、黒い目はガラスでできていると思われていましたが、吉村作治氏によって発見された同じような
目を偶然にも分析する機会があり、その結果、ガラスはガラスでも天然のガラス「黒曜石」であることが分かりました。
黒曜石は産地によって成分に違いがあり、それを追求することで今後産地が推定できる可能性があります。
3.ではマスクに使われていた「コバルトブルー」に着目した研究でした。コバルト原料は紀元前2千年紀においては
コバルト・ミョウバンしか知られていなかったとされ、これはエジプトの西方砂漠で採れました。これを使ったコバルト・ブルーが
青色ガラスはもちろん、彩文土器などにも使われており、また、エジプト外にも青色ガラスが輸出されていたと考えられています。
しかしミョウバンの使用が紀元前13世紀あたりに陰りをみせ、やがて使われなくなってしまったのですが、不思議なことに
エジプト外ではコバルト・ブルーによる青色が登場しているといいます。エジプトで使われなくなったのにその外ではコバルト・ブルー
が使われているということです。その原料がどこで得られたのか?今後の課題ということです。
もう一つの課題として、コバルト鉱物に含まれるコバルト、ニッケル、亜鉛の組成比を調べると、同じ時代なのに各比率が異なっている
ものがあるということが判明しました。同じ鉱物を使っているのであれば、みな同じ比率なはずなのに、違う比率が出るということは
ミョウバン以外のコバルト鉱物が使われていたのかもしれないことを示唆しています。これも今後の課題と言えます。
ガラス分析の結果は急速に蓄積されていっています。これによって産地や流通ルートなどが明確になって行くことが期待されています。
今回の研究発表で、それが実現する日も近いことを感じました。毎日の小さな研究の積み重ねがこのような大きな成果につながって
いくのです。