新千歳空港から特急すずらんに乗り白老へ。アイヌ民族博物館「ポロトコタン」に行きました。北海道のガラスといえば「アイヌ玉」が連想されますが、研究者の数は少なく、資料も多くありません。
アイヌとは東北地方北部から北海道、千島列島、樺太などに古くから暮らしていた民族です。日本は厳密に言うと単一民族国家ではないということです。明治時代にアイヌを和人に組み入れる政策がとられ、暮らしぶりからは今の日本国民と区別がつかなくなり、生活も日本全国、ひいては世界へと広がっており、その正確な人口を知ることはもはや難しいということです。
さて、彼らの交易品の一つにガラス玉がありましたが、杉山寿栄男『アイヌたま』によると、アイヌ玉はアイヌ人が作ったものではなく、交易によって得ていたということです。玉は単独で使うというよりもむしろつなげて頸飾りにすることが多く、トップに大きめの玉をあしらったものは「タマサイ」、玉ではなく飾り板をあしらったものは「シトキ」と呼ばれ区別されていました。
飾り板は興味深く、刀の鍔を利用したものなどが見られます。また紐に通すのは玉だけでなく古銭もあり、それにより時代考証ができるということです。
しかしながら、杉山氏の『アイヌたま』はずいぶん古い本ですので、今の知見からすればもしかしたら修正すべき箇所があるかもしれません。といってもほとんど参考文献がない分野なので非常に貴重な本といえます。これを見つけることができたのは幸運でした。