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「ウクライナの至宝」展 大阪歴史博物館 – Vitrum Lab.

Blog:羅馬は一日にして成らず -2nd edition-

「ウクライナの至宝」展 大阪歴史博物館2012.10.21

「ウクライナの至宝」展

ウクライナはトルコと黒海を挟んで対岸に位置する国。日本にとってウクライナは馴染みがあまりないと思っていましたが、
原発事故という大惨事を経験しているという点で共通点がありました。チェルノブイリ原発事故が起こった国です。
ウクライナってどういう歴史があるのか、もしガラスも発見されているとしたらどんなものだったのか?
黄金製品を打ち出した展示にもかかわらず、多分ガラスもあるかもと(いや、なかったとしても面白そうだったので)いうことで行ってきました。
ウクライナのガラスってあまりピンときませんでしたので・・・

ウクライナの歴史とガラス

ウクライナは地元住民と草原の遊牧民、地中海文明などが絡み合って歴史が作られていました。思ったより複雑な歴史です。
紀元前9世紀頃から、ちらほらと金製品にガラスが使われていますが、紀元前2世紀頃になってはっきりと金製品にガラスを
嵌め込むことを特徴とした技術が現れ、その後、地中海文明の影響をうけ、おそらく交易で手に入れたガラスが登場しますが、
4世紀頃はガラスではなく紅玉髄やざくろ石など半貴石と呼ばれるものが使われるようになります。展示にはありませんでしたが、
黒海の北側からはローマ・ガラスなどガラス器も発見されています。

  1. 紀元前9~紀元前7世紀初め・・・キンメリオイ時代。実態はあまり分かっていませんが軍事遠征も行っていた遊牧民戦士キンメリア人が
    活躍した時代。黄金製のピンが展示されており、深緑色の小さなガラス管も使われていました。
  2. 紀元前7世紀~紀元前3世紀・・・スキタイ時代。遊牧騎馬民族スキタイ人が活躍した時代。動物文様を特徴とする。紀元前5世紀頃
    には黒海沿岸に植民地を築いたギリシア人と交易がはじまり、当時、よく流行したトンボ玉(貼目玉)が黒海より北側の内陸部から出土して
    いる(写真はコチラ)。 この首飾りは全部で38個のガラス玉から成り、球状のやや大きい玉15個と円筒形の玉5個、その他ドーナツ形の玉が17個、
    黒いガラスに小さな色ガラスを斑点状につけたガラス1個 で作られています。左右対称というわけでもなく、使われている色に規則性があるわけ
    でもありません。
  3. 紀元前2世紀~後4世紀・・・サルマタイ時代。東方起源のサルマタイ人が活躍。さまざまな色の石やガラスを象嵌するのが特徴。後期には
    紅玉髄を多用するようになった。その理由は不明。
  4. 4~14世紀・・・民族大移動にあたる時代で、フン族、トルコ系諸族、モンゴル軍、ロシアなど異民族の侵入を度々受ける。キリスト教の
    影響なども見られる。
  5. 16~19世紀・・・ヨーロッパの影響を受けて美術が発展。中心はキエフ。

以上のように、ウクライナの時代は活躍した民族の名称をとると分かりやすいようです。そして明らかに美術の意匠が刻々と周囲の影響を受けて
変わっていきます。今回は黄金製品メインなのでガラスは装飾品程度しかなかったのですが、かねてより、地中海沿岸で作られたトンボ玉が黒海
北側の内陸部で見つかっていると聞いていたので、それを見たいと思っていたのが、今回展示されていたのは幸運でした。

2012.10.21 23:27 | ブログ, 博物館へ行こう

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