シュリーマンと言えば、子供のころに読んだ物語が史実だと信じ、ビジネスで成功を納めてから、財をつぎ込んで遺跡を発掘、トロイを発見したことで有名。
とはいえこれを様々な検証からねつ造とする本もあり、実際のところ彼がトロイと結論付けたヒサルルック遺跡が本当にトロイなのかは今もって分かっていません。
彼を捏造者だとするような内容の本が一時だだっと出た時がありましたが、著者はそういったシュリーマン学とは一線を画し、彼の発掘方法や記録の取り方に関して、長年トルコで発掘を行った自分自身の考古学者としての経験から冷静な判断を下しています。そしてシュリーマンだけでなくその後継者の実績も見据えて、トロイの魅力を分析し、考古学全体としての大きな問題を提起しているところが面白かったです。
例えばシュリーマンと、彼に発掘方法を改めさせたデルプフェルトによってヒサルルック遺跡は発掘されつくすのですが、その後もブレーゲン、コルフマンと発掘者は絶えません。著者はすでに発掘され尽くしたこの遺跡をなぜまだ発掘するのか?よほどの理由があるに違いないと考えます。分析すると彼らに共通するのはヒサルルック遺跡がトロイと思いこんでいるということだと指摘。そして発掘された証拠はことごとくトロイと結び付けていっている。
考古学で危険なことは自分の説に都合のいい部分だけを取り上げて他には目をつぶることだということを、この例を挙げて教えてくれます。盲目的に自説を信じ、研究するのは研究者には欠かせませんが、客観性を失ってはならないということです。
とはいえシュリーマンが物語を史実として捉え、ヒサルルック遺跡を発掘し、これまでの見方を変えたという事実は、彼しかできなかった。このように評価しています。
多くのシュリーマン関係の本では盲目的にトロイとするものや、一歩引いてシュリーマン自身の人間性にスポットをあてたものが多かったですが、本書は考古学者による視点でシュリーマンの発掘を冷静に分析するところが、他の本よりもリアルに感じられました。写真や図説も美しく、学術書のような堅苦しい書き方出ない点もこの本を魅力あるものにしています。