『悠久のナイル』
現在、横浜ユーラシア文化館で行われている古代エジプト展に関わる図録を兼ねた本です。
とはいえよくある古代エジプト展の図録とはやや様相が違う内容です。
図録は展示品の解説がメインで、それに付随する解説が挿入されていることが多いですが、
どちらかというと、本書のテーマに即した解説がメインで、展示品の解説がそれを補っているという
構成になっています。
古代エジプトの資料で人目をひくのが、豪華絢爛な仮面や装飾品、ミイラなどですが、これらは
王宮に関わるものであり、上層階級の姿を示してくれますが、この階級よりはるかに多い庶民の生活
を反映しているわけではなく、この資料をもって古代エジプトを語ってしまうと、当時のほんの一握りの
姿しか捉えることができなくなります。
本特別展は王宮の姿のみならず、これまであまり光が当てられなかった民の生活にも重きが置かれています。
本書でいえば、古代の食生活の部分や、現代に続くキリスト教、イスラーム教時代の資料などがそれに当たります。
とはいえ、王宮に関わる資料があまりにも目を引くため、民の生活はどうしても質素に見えてしまうのは否めませんが(笑)
私たちが今、口にしているパンやビールの祖先が当時すでに食されていたこと、そしてシリアで日本人ジャーナリストが
殺害されたことで関心が高まっているイスラーム教がなぜエジプトで受け入れられたのか(ローマ属領時代はキリスト教が
広まっていた)、 といった今につながる物質的、精神的世界は王宮だけの側面だけ見ていては理解できないと思います。
私は古代エジプトに詳しいわけではありませんが、本書はそんな私にもかなり分かりやすい内容でした。
また、これから先を見越した研究プロジェクトの将来性にも触れており、具体的には東海大学が
所蔵するパピルス文書の保存修復と解読、衛星を使った探査、そしてエジプト学の父といってもよい鈴木八司氏の、
今では見ることができない60年ほど前のエジプトの写真のデジタルアーカイブ化など、東海大学の持つ強みを
あますことなく活かす研究プロジェクトに関しても収められています。特に、パピルス文書の修復は海外の専門家を
招聘して学生の育成を始めるなど、直接的には特別展とは関係がないとはいえ、将来かならず関わってくるであろう
学際的な研究の今後が楽しみです。
さて、古代エジプトにはすでにガラスは存在していましたが、当時は吹きガラスのようにポンポンと作れるような技術はまだ
なかったため、ガラスはまだ上流階級の人々のものでした。私は今、古代のガラス玉から吹きガラス誕生までの流れを
追っていますが、ここではガラス以前の「ファイアンス」と呼ばれる、ガラスと陶器の中間のような物質からガラスに至るまでの
資料を見ることができます。いずれの流れも「窯の能力の向上」が共通点と思われ、関心があります。
本書を読み終え、次は横浜ユーラシア文化館へ実物に会いにいくとします
ここで紹介した本は下から選んでご購入いただけます。