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『理系の視点からみた「考古学」の論争点』2015.05.31

『理系の視点からみた「考古学」の論争点』

 

 

  • 新井 宏
  • 2007
  • 大和書房
  • 283ページ
  1. 三角縁神獣鏡は魏鏡か
  2. 炭素14法によって弥生時代は遡上するか
  3. 古墳の築造にはどんな尺度が使われたか
  4. 金属考古学上の諸論争

vitrum lab.評

著者は現在、韓国の大学で招聘教授として活躍する金属を専門とする方であるが、もともとは
サラリーマンで、仕事の傍ら、研究を続けていたという経歴の持ち主。どことなく自分に被るところが
あり、共感を持って読みましたが、しかし、目次を見て分かるように、日本考古学では非常に大きな
問題となっている点を中心に大胆な議論を展開し、考古学好きの人が推論を重ねて自由なことを
述べているのかと思いきや、タイトル通り理系というデータ重視の学問からのアプローチでした。
どの章も面白かったです。ガラスは直接的には議論されていませんが、関連事項としては無視できない
部分もあり、その視点でデータを見直すと興味深いかもしれません。

三角縁神獣鏡の章では、この研究にはもはや欠かすことができない鉛の同位体比分析による
産地推定で、基準となっている研究そのものが間違っていると大胆な指摘がありました。研究は
小さな分析や事例の積み重ねですが、いったん青銅器の鉛同位体比を分析し、どういった数値が
出れば朝鮮半島産とか中国産と言えるということを示すと、それに続く分析は、これを基に数値を
当てはめていくため、 もともとの基準が間違っていれば、それを基にした産地推定は全て揺らぐことに
なります。

炭素14年代測定法というのは、大気中に存在する炭素の中でも炭素14という炭素同位体は一定の
間隔(約5730年)で半減していくという性質があることを利用して、遺物中に存在する炭素14の量が
分かれば、年代が分かるという考古学にとっては夢のような年代測定法ですが、当然、そう簡単に
年代が割り出せるというわけではなく、いくつかの問題もあります。

この測定法の前提として、過去から現代まで(正確には1950年代の水爆実験で炭素14の存在量が
変わったので、この年代以降の数値は当てにならないと言われる)炭素14の量が不変であること、
地球上で炭素14の濃度が一定であること、などの条件が揃っていなければ、この方法は成立しない
のですが、実際問題としてこの条件が整っているとは言えず、較正が必要となっています。
この前提条件が問題だと思われる例として、弥生時代の考古学的な年代と年代測定法による年代では
後者の方が早まる傾向にあるとし、弥生時代はもっと早くから始まっていたと発表した研究がありました。
それに対して著者は、「海洋効果」という仮説を提示し、特に海岸遺跡が古く割りだされる傾向にあると
指摘しています。つまり、年代測定法で古く出たからと言って、実際には古くない可能性があるということ。

最後の章は金属を専門とする著者ならではの指摘だと思いますが、弥生時代に製鉄が行われていたか否か
についての議論で、鉄を作る工程として、鉄鉱石などから粗製の鉄を取り出す(製錬)→粗製の鉄を使える鉄にする
(精錬)という工程があり、いずれの場合も鉄滓とよばれるクズが発生します。これが遺跡に残されていると、鉄が製錬
されていた、 いや、粗製の鉄を溶かしただけだ、といった議論になります。

このクズの分析から製錬か精錬かを区別できるのだそうですが、それがどうも日本とヨーロッパで基準が異なり、
日本基準では製鉄はなかったと言っても、ヨーロッパ基準では製鉄されていたということがよくあるようです。

著者は、技術がなかったから製鉄はされなかったという判断をするのではなく、交易などで安価に鉄が入手できれば
それを使うし、入手が困難であればコストがかかっても作るのだとし、経済的な理由も考慮に入れるべきだと主張して
います。

三角縁神獣鏡、年代測定、金属考古学、いずれも日本考古学にとって大きな課題を含んでおり、今後の研究の進展を
誰もが待っているという状況ですが、この本書のような指摘は、されてきたのかどうか、考慮するに値する議論なのか。
とても興味深いところです。

 

vitrum labook

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2015.05.31 20:07 | , 考古学

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