Blog:羅馬は一日にして成らず -2nd edition-

第11回アジア考古学四学会合同講演会「アジアの煌めき」②-12018.01.26

基調講演 谷一 尚 「正倉院ガラスとその周辺の最新の成果」

日本の古いガラスで、しかも美しい姿のまま今も受け継がれているガラスは正倉院ガラス、
ということで、最初のテーマにふさわしいだろうと谷一氏が選んだテーマですが、
話はあれよあれよ、と脱線し正倉院ガラスについて大いに時間が割けたのは白瑠璃碗くらいに
なってしまいました(笑)。

白瑠璃碗

厚手のガラス碗の表面全体に円形カットを施したカット・ガラス。
隣接するカット面に重ねるようにカットしているため、円形カットが互いに
切り合い、亀甲型になっている。

 

 

 

円形カットの初現はポンペイから出土したガラス杯(79年埋没)で、
カットは円形というよりも縦長の楕円形カットを不規則に配したもの。

ポンペイ出土カットガラス  谷一ほか 2011, p.15, fig.4-7

 

 

 

その後はスイス(ウィンドニサ、70~101年)、アフガン(ベグラーム)、楼蘭(新疆ウイグル自治区)から縦長の楕円形カットを規則正しく施したガラス杯が1世紀末~2世紀に流通。やはりカットは隣接する面同士が切り合い、縦長のダイヤのような形をしている。

3世紀には薄手の括り碗と呼ばれる器(口縁の下に括れがある碗)に楕円形、円形カットを施したものが、ドイツ(ケルン)やエジプト(カラニス)で出現。

これらはガラスの原料*に必要なアルカリ成分として植物灰を使うと検出されるMgやKといった植物由来の成分が1%以下と少なく、よって、植物灰ではなくナトロンをアルカリ成分として用いたガラス、つまりナトロン・ガラス。ローマ帝国領で発見されるガラスはローマ・ガラスと呼ばれ、成分的にはナトロン・ガラスを特徴とする。

*アルカリ成分:ガラスの3大主原料の1つ。二酸化ケイ素(砂。古代では海岸の砂など)を熔かすとガラス化するが、かなりの高温が必要となるため、アルカリ成分(酸化ナトリウム、酸化カリウムなど。古代ではナトロン、植物灰など)を加える。
これによって古代の窯でも熔かすことができるようになった。アルカリ成分は水に溶けやすいため、酸化カルシウム(古代では貝殻など。海岸の砂を熔かしたときに自然に加えられる。意図的に添加する場合もある)を添加する。

一方、メソポタミア地方で出土するガラスにも同じようなカット・ガラスが見られるが、こちらは植物灰をアルカリ成分として用いたガラス。これらはMgやKが3.2%~3.5%で不純物の多いのタイプ(S1a)、MgとKがほぼ同量で不純物の少ないタイプ(S1b)、Mg>Kの高純度のタイプ(S2)などに細分される。また、これらのタイプは時期によって以下のように分けることができる。

ササン朝初期(3~4世紀)・・・S1a
ササン朝中期(5~7世紀)・・・S1b、S2

正倉院所蔵白瑠璃碗のような円形カット碗は、以前なら外観からササン・ガラスとされていたが、成分分析による研究が進むと、外観はササン・ガラス(植物灰ガラス)なのに成分はローマ・ガラス(ナトロン・ガラス)というものが存在することが分かってきた。近年では天理参考館所蔵のカット・ガラスがこのタイプであることが分かったということで注目を浴びた。それに関しては以下のリンクを参考。

シンポジウム「正倉院宝物白瑠璃碗の源流を探る -ササン朝ペルシア・ガラス研究の最先端-」①~④

このように、化学分析によって外観でガラスの産地を決めることは難しいといえる。

続く

参考文献

  • 谷一 尚、工藤吉郎 2011 『世界の切子ガラス』


2018.01.26 13:07 | ブログ, 研究会

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