エジプトのガラス工房もまたレバノンでの発掘を利用して行きま
した。まずレバノンの宿舎に荷物を置き、1年ぶりの現場を見学
してから数日内にベイルートからアレクサンドリアへ。エジプトの
旅行はガラス工芸学会の方数人と行く予定をしていたのですが、
みなさん方々へ出かけているものですので、時間が合わず、現
地にて待ち合わせとなりました。なので待ち合わせがエジプトの
アレクサンドリア。日本ちゃうし!
何日かアレクサンドリアを観光した後、カイロに向かいました。こ
れについては機会があれば紹介したいと思います。カイロでは当
然ガラス工房を訪れました。細い路地を歩いて行くとまずガラスの
お店が見え、外も中もあふれんばかりのガラスが置かれていて、
体の向きを変えるだけでガラスにぶつかりそうになるくらいでした。
瓶、皿、ガラス玉・・・古代からあるあらゆる器形のガラスがありま
したが、どれもシンプルな形でほとんどが単色、泡の多いガラスで
す。琉球ガラスのように意図的に泡を入れて作られたというよりも、
これが普通であるかのようです。
エジプトにはカラニス遺跡という、ガラスが大量に出土した有名な遺
跡があり、その中のひとつ、カラニス皿の研究に役立つかもというこ
で、皿を購入。後で割れないように持って帰るのが大変だったんです
けど!
このお店のとなりが工房でした。思ったよりも広い工房でした。
では詳細は以下。
3人の職人が共有する大きな窯で、その形を大まかにいえば、蝶ネク
タイの形と言えばいいでしょうか。菱形の部分には熔けたガラスが入っ
ているタンクがあり(ルツボではない)、菱形部分の両端に備え付けられ
た円筒形の構造物は完成したガラスを冷ます徐冷炉となっている。2人
の吹き職人と1人のガラス玉職人、合計3人が一時に作業する。吹き職
人のうちの一人は親方的な存在で、作業スペースが広い。親方ともう一
人の職人はちょうど向かい合う形で作業するため、それぞれの左側に徐
冷炉がある。親方は全スペースを使うが、もう一人の職人は右隣にガラス
玉職人がいるため少し作業スペースが狭い。
すべての職人が常時座ったまま作業し、アシスタントはいないので最後ま
で一人で作業する。各巻き取り口の前には細かいパウダー状のもの(灰?)
を敷き詰めた棚状の作業台があり、さらに、巻き取り口の正面にはガラスを
加熱する時に竿を支えるための、現代的な呼び方でいえば「ヨーク」が置かれ
ている。これは正方形の鉄板を2枚組み合わせた土台とY字状の小さな部品
でできていて、ちょうどY字部分で竿を支える。鉄板部分はガラスを押し当てて
平にしたりするのに利用される。巻き取り口の右側にはさらに小さな穴があい
ているが、ここに、先端にガラスが残ったままの使用済みの竿を挿し込んで予
熱しておく。現代的な呼び方でいえば「パイプウォーマー」。後述するように、こ
のガラスが再び熔けてポンテとして利用される。職人の左側、親方の場合は
右手にも小さな鉄板の「マーバー」があり、ガラスの形をととのえたり、底を平ら
にしたりするために使われる。
使う道具はガラスを様々に形作るための「ジャック」(洋バシともいう)、ガラス
をつまむ「ピンサー」、ガラスを切る「ハサミ」(ただし日本やその他の多くの国
のように頻繁には使わない)。
作業として頸部の長い瓶の例を挙げる。
まず吹き竿でガラスを巻き取る。このままでは熱くてガラスが軟らかすぎるのと、
ガラスに巻き目がついたりしているので、「マーバー」の上でガラスを何度も転
がし表面を冷ましつつ形を整える。それからいよいよ息を吹き込む。
この時も「マーバー」でガラスを転がしながら吹きこむ。そうすることで「マーバー」
と触れているガラスの先が先に冷まされるので、ガラスは横方向に膨らみやすく
なり丸く膨らむ。ある程度膨らんだら、竿を真下に向けるか、竿を振っててガラスを
伸ばし、何度もガラスの先をマーバーに当てることで底部も作っている。伸ばして
吹いて・・を何度か繰り返す内に伸びた部分は徐々に冷めていき、肉厚な先端部分
だけが膨らんでいくので首が長く、胴部が丸くなった瓶の大方の形が出来上がる。
・・・と説明では長ったらしいが、実はここまでで1、2分ほど。巻き取ってからここま
で一度もガラスを加熱しなおしていない。
底を平らにしたら口以外はほとんど完成形となっている。吹き竿とつながっている間
は口の成形ができないので、次はガラスを吹き竿から切り離すことになる。
吹き竿に近い部分のガラスに水をしみこませた木の棒をつけて軽く竿に衝撃を加えると
ガラスは灰(?)を敷いた台の上に落ちる。水によってその部分が急冷されもろくなるの
で、この部分からガラスが落ちるのである。灰(?)はこの時の衝撃を和らげるためと、
直接レンガにガラスが触れて冷め、割れないようにする役割を果たしている。
まだ熱いままの竿をつかってガラスを180度回転させ、底部を手前に向けてから、「パイ
プウォーマー」であらかじめあたためていた予備の吹き竿を取る。この竿の先には前に
ガラスを吹いた時に残ったガラスが熔けた状態になっているので、これをガラスの底に
押しつけてガラスを底から支える。こうして吹き竿につながっていた時は成形できなかった
口の部分がフリーとなり、成形できるようになる。使い終わった竿はパイプウォーマーに
差し込まれ、次回のポンテ竿として使われるのを待つ。
ガラスの口となる部分を中心に加熱し、軽くマーバーに押し当てて先を整えた後、口広げ
となる。狭い口を広げていく時、ジャックを口にあてがいながらガラスを回転させ、徐々に
ジャックの角度を変えていくと、その角度に応じて口は広がっていく。ちょうど焼き物をつく
るときにろくろの粘土に手をあてがって成形していくのと同じことである。
口が広がったら、別の竿でガラスを巻き取り、このガラスをマーバーで軽く整えてから
胴部をスタートとしてらせん状に口の方までくるくるとガラスの紐装飾を施す。ガラスが熱い
内にすばやくひっぱってひきちぎる。日本などでよくみられるのはハサミでガラスを切ること
であるが、この作業ではハサミを使わず引きちぎっていた。
この装飾が冷めるまで少し待って、徐冷炉に入れて作業終了。巻き取りから完成まで実に
3分ほど。驚くほど早い。
私が日本で学んだ技術と大かたは同じであるが、決定的に違うのがポンテの取り方。
一般的と考えていた方法は、まずポンテをとってから吹き竿を切り離すこと。つまりガラスを
どこにも落とすことなく作業を続けるのが常識だった。古代でもアシスタントを使わず、一人で
作業していたことが間接的な証拠から推測されているが、そうだとするとポンテの取り方が
明確ではなかった。しかし、アシスタントやベンチを使わないシリアの職人やここの作業を見て
今まで常識だったことが必ずしもそうではないことが明確となり、古代における工程の問題を解
く大きなヒントとなった。