トルコの土産屋でよく見る目玉模様のガラス「ナザール・ボンジュウ」をはじめ、
ガラスの玉を作る工房である。ガラス玉を作る設備としては卓上バーナーが普通思い起こされるが、
ここの設備は規模的に吹きガラスに匹敵するくらいのものがある。
窯の中には浅い槽があり、熔けた液体状のガラスで満たされており、
このガラスを棒で巻き取ってガラス玉を作る。当然、バーナーワークのように
部分的に加熱しながら成形するのではなく、吹きガラスと同じように全体を加熱しながら
成形するという方法で、一見すれば吹きガラス工房と思ってしまう。
レバノン、エジプトの工房のように吹きガラスと兼用ではなく、ガラス玉のみ作る。
窯は円形をした中心部内にタンクがありガラスが満たされている。この部分から四方向
に突起物があり、これが徐冷炉である。つまり最大4人が制作できる窯となっている。
中心部の1カ所に燃焼口があり、ここに薪が突っ込まれて、常に燃やされている。
燃料は薪で、カロリーの高いパイン材を使っている。
棒を窯の巻き取り口の中につっこんで、先端よりやや手前でガラスを巻き取り、道具で丸く成形し、
棒をレールに何度もカンカンと叩くと(なぜか)棒から玉がはがれやすくなっており、すぐに徐冷炉に
投げ込まれる。ひたすらこの作業であった。かなりのスピードで徐冷炉に小玉が溜まっていく。
上記と同じようにガラスを巻き取り、整える。先のとがった棒でガラスを伸ばし、口、尾びれを作る。
コテで全体を平らにし、ハサミでガラスを数カ所連続して挟み、背びれを表現する。別の棒で
青色ガラス、その下に白色ガラスを連続して小さく巻き取り、本体の目となる部分に突き刺し、棒を引き抜く。
こうして白目と黒目を1度に作るのである。最後に棒を引っこ抜いて完成であるが、これがまた強引で、
コテでガラスを押さえつけ、グリグリと棒を力づくで抜くのである。
吹きガラス以前
私はガラス玉の製作実験は設備の問題上、卓上バーナーで行うが、このバーナーは古代で手に入る材料や
知識・経験からどうやって作られていたのだろうということばかりを最初は考えていた。つまり古代版バーナーとはどんなもの?
ということである。
しかし、ガラス棒の先端を部分的に熔かしながらガラス玉を作ることができる古代版バーナーを考えついたとしても、
これが次の時代にくる吹きガラスにどうつながっていったのだろう?技術史的な考えも混ぜ合わせると、ここがつながらない。
バーナーワークは部分的にガラスを直接熔かしながら成形するが、吹きガラスはそれが不可能で、液体ガラスを吹き、全体的
に加熱しながら成形していく。設備も技術もそれぞれ独自のものである。
こう考えた私は、古代版バーナーを追いかけることはいったん保留し、吹きガラスのように液体ガラスの入った窯で玉を
作っていた可能性を探ることにした。単純に、吹きガラスのような設備でガラス玉を作っていたのではという発想の転換を
したのである。フェニキア人頭玉の技法を研究していた時に、部分的に加熱する方法では再現できない道具痕などがあった
ことが発端であった。
そういう研究の流れになっていたところ、この工房に出会うことができた。しかも薪でガラスを熔かすところも見ることができた
というおまけ付き。古代ガラスとつながりそうである。
貫通孔は?
上記の写真を見て何かお気づきだろうか?窯に棒を突っ込んでガラスを巻き取った時、ガラスは先端ではなく
先端からやや手前の部分で巻き取られている。不思議ではないですか?水平な液面に対し、どうやって
棒の途中からガラスを巻き取るのか?
ガラス棒の先端を熔かしながら心棒に巻きつけて玉を作る方法では、穴のあいた玉を容易に作ることができる。
しかし、吹きガラスのように液体ガラスの中に棒を突っ込んでガラスを巻き取り、玉を作ろうとすると、ガラスは棒の先端に
巻き取られるので、玉の孔は貫通しない。熔解ガラス窯で玉を作る時の大きな問題であった。どのようにして、棒の先端
ではないところにガラスを巻くのか?別の棒で熔解ガラスを取って、それを別の棒に巻きつけるのか?
さあ、考えてみよう。
分かりました??
粘性のあるガラスは水あめのようにある程度の形を保持するので、ちょっと持ちあげたら、そこがずっと立ち
あがったままになっている。そこに棒の巻きたい部分を持っていってくるくると巻き取る。巻き取られてもガラスは
液面からまた供給されるので、その場所ではずっとガラスが立ちあがったままになっているのである。
こうして棒の先端ではない部分にガラスを巻き取り、貫通孔のある玉が作られる。
こんなん、実際にみないと思いつかへん!!!
もちろんこの方法が古代において使われていたとはいえないし、確認する術はない。
しかし、想像でこの案を提示するのと、実例として提示するのとでは説得力に断然差がある。
実験考古学はやっぱり面白い。